商学部
稲葉 知恵子 教授
INABA CHIEKO
- PROFILE
- 千葉県出身。学部を3年で飛び級し、明治大学大学院経営学研究科博士前期課程へ入学。2009年、同大学院博 士後期課程修了。経営学博士。明治大学経営学部の助 手を経て2008年4月、拓殖大学商学部に助教として入職。 2011年4月に准教授、2024年4月より現職。2020年8月 から1年間、イギリスのエセックス大学に客員研究員として 滞在。担当科目は、簿記、税務会計論のほか、3年生・4年 生のゼミナールも担当。主な著書(共著)に『Newベーシッ ク税務会計<企業課税編>』、『財務会計の現状と展望』、 『法人税の損金不算入規定』などがある。
研究テーマ
財務会計・税務会計の情報開示が
社会に与える影響の考察
日本企業が税務情報の開示に
積極的でない理由とは?
国際的にもますます重要性が高まる情報開示
研究分野は税務会計を含む財務会計です。なかでも、財務会計の重要目的のひとつ「情報開示」に関心を持ち、現在は税務情報の開示とジェンダー予算という、2つの研究プロジェクトを進めています。
なぜ情報開示が大事かというと、企業内部向けの管理会計と異なり、財務会計は外部の人に向けた会計情報だから。つまり、投資家や金融機関その他のステークホルダーにとって判断材料になる情報です。なかでも近年は税の透明性への注目度が高まっています。
企業は利益の中から税金を支払いますが、適法な形でなるべくその額を減らそうとするもの。特に、世界中で事業展開する多国籍企業の中には、タックスヘイブン(租税回避地)なども活用して積極的な租税回避戦略をとっているところも少なくありません。欧米では利益をなるべく株主に配当として還元することが望まれるため、積極的な節税は評価される面もあります。しかし、近年は行き過ぎた節税・課税逃れが問題視されるように。企業に対し、どんな税務戦略をとっているか、逆にどの程度の税を負担して社会的責任を果たしているかの情報開示が求められるようになりました。
その流れの中で、イギリスでは2016年、企業の税務戦略の開示を義務化。現在では義務以上の情報を開示する企業も多く、税の透明性レポートを独自に発行する企業も増えています。一方、義務化されていない日本では企業が自発的に開示していますが、どちらも同じ定型文ばかりで、あまり積極的な開示は見られません。なぜそのような違いがあるのか。私の研究では、日英の企業にインタビュー調査を実施、その内容をコンテンツ分析して、違いの背景にあるものを考察しています。その結果、日本の企業には情報開示を強く要求する株主(アクティブインベスター)が少ないことや、大企業では国税庁の税務調査が頻繁に行われるため、当局からの開示ニーズも強くない、といったことが見えてきました。
税務をめぐる国際環境が変化するなか、これから企業の情報開示はますます重要になっていくでしょう。開示を促進する効果的な方法、そのための人材育成方法などについて、今後も幅広くインタビュー調査を行い、研究を続けていく予定です。
もうひとつのテーマ「ジェンダー予算」の研究では、地方自治体がジェンダー平等にどう取り組んでいるか、そのための予算編成にはどの程度(性的マイノリティを含む)ジェンダー視点が組み込まれているか、さらにその事業はどのように評価されているか、などを考察しています。
インタビュー調査対象は、まず企業版ふるさと納税を活用してジェンダー平等推進事業を実施している自治体から始め、そこからほかの自治体や中央政府へと拡大していきました。企業版ふるさと納税とは、各自治体が自地域で推進したいプロジェクトを提示し、趣旨に賛同した企業が手を挙げてそれを支援する仕組みです。ジェンダープロジェクト例としては、女性の起業家支援やコンビニへの赤ちゃんステーション(授乳やおむつ替えができるスペース)設置などがあり、これを金融機関や飲料メーカーなどが支援しています。
こちらもインタビューのコンテンツ分析を行った結果、ジェンダー平等推進に関しては都市部より地方部のほうが積極的(人口減少対策として女性が暮らしやすい社会づくりに熱心)である一方、国・県・市町村の間には連携がほとんどないこと、また、男女共同参画についての啓蒙活動(イベントや講演会など)は効果測定が難しい、といったことが判明しました。
今後は、ジェンダープロジェクトがうまく機能している自治体の取り組みをベストプラクティスとして、うまくいっていないほかの自治体へ展開できるようにしたいと考えています。その過程でどんなことが課題となるかも合わせて考察していきます。
ちなみに、上記2つの研究はいずれも、2020年にイギリスのエセックス大学で1年間の在外研究の機会を得たことがきっかけとなり、海外の研究者と共同で進めているものです。国ごとに制度が違う税務の分野では国際比較の意味が少ないこともあり、それまで私は海外留学の経験がなかったのですが、イギリスに行ったおかげで視野が拡大。興味の中心が変わったことが、新しい分野の研究につながりました。
研究の面白さ 情報開示に出る企業カラーは千差万別
自発的な情報開示には、企業のカラーが強く出るものです。近年は、利益追求一辺倒ではなく、環境や社会、ガバナンス(意思決定などの透明性)に配慮した企業経営が注目されますが、こうした要素をどう捉え、その取り組みをどう開示するか。いろいろな企業を分析していくと、それぞれ姿勢がまったく違うのがわかってとても面白いです。ジェンダー平等についても、たとえば女性役員の数や、それを対外的にどうアピールしているかを比較するのも興味深いですね。
現職に至るまでの経緯 税理士志望から一転、恩師との出会いで研究の世界へ
私が大学に進学したのは2000年。いわゆる就職氷河期の只中で、上の世代が就活に苦労しているのを知っていました。そこで、ただ漫然とサラリーマンをめざすのではなく、一生役立つ専門資格を身につけようと考え、志したのが税理士です。父が経理の仕事をしていたことも影響したかもしれません。明治大学の経営学部に入学し、会計コースを選択しました。
会計学でまず勉強するのが簿記です。私はそこで、貸借対照表の左右がピッタリ合ったり、計算後に利益の数字がビシッと出てきたりすることに、理屈抜きの気持ちよさを感じました。このとき初めて会計っておもしろい、と思ったのを覚えています。
学部で3年間学んだ後、ゼミの指導教授の平井克彦先生の勧めで大学院修士課程に飛び級で進学しました。そう決心した理由のひとつは、租税法系の修士課程で学ぶと税理士試験の科目が一部免除されるから。修了後は企業で働きながら勉強して税理士をめざそうと、その時点では考えていたのです。でも、大学院で平井先生に研究や会計の学問としての面白さについて教えていただき、一生の仕事にしたいと考えるようになりました。さらにその恩師から博士課程進学を認めていただいたことで、私の歩む道が変わりました。
博士課程在籍中からティーチングアシスタントやリサーチアシスタントとして教歴・研究歴を積むことができたのは、とてもありがたいことでした。おかげで修了と同時に拓殖大学の助教として採用していただき、現在に至ります。実は、子どものころ学校の先生に憧れていた時期もあったので、思わぬ形で夢が実現したことになりますね。
教えるという仕事について 学生の成長を間近に見られる喜び
大学の4年間は学生から社会人になる過渡期。その時期の若者と触れ合い、成長を間近に見ることができるこの仕事には、とてもやりがいを感じています。なかでも、いちばん学生の変化を感じられる場がゼミでしょう。3~4年生の2年間、みなさんとかなり密接な関係を築くことになるからです。毎回1分間スピーチをしてもらうのですが、最初の頃と最後の方では話す内容が変わってきますし、グループ研究で書いた論文のテーマが後の就職先選びのベースになったりすることも。そうやって、授業を通じてみなさんの将来につながるさまざまな機会を提供できることが喜びです。
会計学科について どんな仕事に就いても役に立つ簿記・会計の知識
会計学科の学生は、遅くとも2年生の夏までに日商簿記2級取得をめざします。そのため、1~2年生はかなり密度の濃いカリキュラムになっており、私も厳しく指導しています。もともと明確に会計専門職を志して入学してきた学生もいれば、そうでない学生もいるので、最初の1年で挫折しかける人がいないこともありません。しかし、簿記・会計はすべてのビジネスの基本。会計士や税理士にならなくても将来必ず役に立つ知識ですから、がんばって修得できるよう励ましています。実際、卒業生の就職先は金融からメーカーまでさまざまで、業界も自動車、服飾、ITなど多岐にわたります。
学生へのメッセージ やりたいことがイメージできたら、ぜひ行動に移して
私は大学生の頃、もしかすると就職できないかもしれない、というネガティブ思考にとらわれていました。だからこそ手に職をつけようと思い立ち、行動を起こしたことで、周囲の先生方から励ましやアドバイスをいただくことができ、結果的に道が拓けたのです。みなさんも、こういうことをやってみたいとイメージできたら、ぜひそこへ向かって一歩を踏み出してください。そうすれば、今度は私ができる限りみなさんの力になります。期待しています!