Teacher’s Eye 研究最前線

工学部

水野 一徳 教授

KAZUNORI MIZUNO

PROFILE
茨城県出身。1972年生まれ。筑波大学大学院工学研究科博士課程修了。博士(工学)。2006年、拓殖大学工学部情報工学科専任講師として入職。2009年、准教授、2017年、教授。2023年より理工学総合研究所長。専門は知能情報学などで、知識処理、制約充足問題、組合せ探索アルゴリズム、マルチエージェントシミュレーションと可視化、進化計算などの研究に従事。Excellent Paper Award(TAAI2019)、Merit Paper Award(TAAI2021)など学会などでの受賞多数。技能五輪国際大会選手強化委員会はじめ国内外の学術団体そのほか機関での活動多数。主な著書(共著)に『情報ネットワーク(オーム社)』、『一般情報教育(オーム社)』などがある。

研究テーマ 計算機による
知的問題解決とシミュレーション

結果がわかっている試合なんてつまらない。
研究とは「いかにプロセスに集中できるか」

コンピュータにとって解くのが難しい問題とは?

 人工知能や人工生命の分野に興味があり、いくつかのテーマで研究を進めています。そのひとつが、コンピュータにとって解くのが難しい問題について、人間の知識や経験に基づく処理の仕方などを応用して、なるべく効率的に解けるような仕組みを考えることです。といってもなかなか難しいので簡単な例を挙げてみましょう。

 みなさんは今日着ている服をどうやって選びましたか?シャツ、パンツ、スカート、帽子、靴下…。どれも複数持っているでしょうから、組合せは結構な数になります。その中から、気温や天候、色合い、その日の気分など、さまざまな条件で取捨選択した結果が、いま身に着けている服の組合せです。 服ならば要素はさほど多くありませんが、要素数が増えていけば組合せの数は膨大になり、最適解を探すのはもっと難しくなります。たとえば、ある病院で数十人の看護師の1か月分のシフトを組むとします。全員、年齢も経験も技術レベルも違うので、新人ばかりの日があってはいけないし、それぞれ用事で休みたい日や夜勤ができない日もあります。連続勤務は何日まで、という規則もあるでしょう。看護師長さんはそうした制約条件を考慮しながらシフトを組むわけで、これはかなり大変な作業のはずです。

 こうした多数の制約条件の中で満足する組合せを探すことは、実はコンピュータにとって難しいタスクなのです。専門的な言い方をすると「多項式時間」(※1)では解けない種類の問題で、現実の世界には数多く存在します。何の工夫もせずコンピュータに計算させたら、私たちが生きている間には解が見つからないような問題も少なくありません。それらをなるべく効率的に解く工夫、つまり、現実的な時間内でなるべく品質の高い解を見つけるアルゴリズム(計算方式)を開発するのが、私の研究のメインです。 具体的な方法のひとつは、人間の知識を使った処理の仕組みを取り入れることです。コンピュータがそのままやると何日もかかり得るシフト組みのような作業を、看護師長さんが限られた時間でできるのはなぜか。 それは、人間が知識や経験によって「これは解になり得ない」という選択肢を予め検討対象から排除できるからです。こうした仕組みの一部でもアルゴリズムに取り入れるべく、その意味での「人工知能」の研究を進めています。

 さらには、アリの群知能(※2)に代表されるような創発現象や、進化論的な仕組み(いまの環境にとって不必要なものが淘汰されていくと、その時々最適なものが生き残る)を問題解決に応用できないかということも考えています。

(※1)多項式時間:コンピュータの計算理論において、問題を解く上で必要な計算時間が、問題の規模(組合せの要素や繰り返しの数)をn、定数をkとしたとき、nの多項式すなわちnkで表されるもの。計算時間の上限を容易に見積もることができる。(出典:デジタル大辞林)
(※2)群知能:アリの場合、個別のアリは別のアリが残したにおいを追うだけだが、集団として見るとエサ場までの無数の経路のうち最短のものを選ぶ、といった難しい問題に答えを出している。社会性昆虫に共通のこうした性質が群知能の一種。(出典:日経サイエンス)

研究の特徴・面白さ 生成AIとは異なるアプローチの人工知能研究

 人工知能というと、急速に普及している生成AIを想像する人が多いでしょう。しかし、私たちのアプローチはまったく異なります。いま実用化され脚光を浴びている生成AIは機械学習によるもので、膨大な学習データに基づいて解を見つけます。逆に言うと、学習データが存在しないものからは解を導けません。でも、人間は限られたデータしかなくても知識や経験により解を出す(判断する)ことができますね。人間のその部分をうまく取り出せないかというのが我々の研究です。

 誤解を恐れずに敢えてこのような表現をすると、機械学習とディープラーニングによるAI研究が「限りなく人間に近づけること」だとすれば、私たちの研究は「人間を超えるものを見つけ出すこと」。機械学習でも将棋でプロ棋士に勝つAIはできつつありますが、私たちが模索するのは、人間自身にもわかっていない領域の知的な処理を引き出して、人間には思いつかないような指し手を繰り出すAIなのです。

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台湾で開催された人工知能の諸技術に関する国際会議(TAAI2019)にて、「Excellent Paper Award」を受賞。写真は授賞式の様子。左が水野先生。
人工知能研究の意義とリスク 人間の知能の探究には意義がある

 当たり前ですが、「人間を超える」なんてことは、そんなに簡単にできるものではありません。しかし、そう聞くとなんとなく危険を感じる人もいるでしょう。これについては、理論的・学術的な側面と、実地に応用する工学的な側面を分けて考える必要があると思います。そもそも人間を超えたかどうかをどう判断するのか。それはすなわち人間の知能とは何かという研究でもあり、そこを学術的に追究していく意義は大きいはずです。ただ、そこで得られたものを世の中にどう役立てていくか、という応用の段階でリスクへの対処の問題は当然出てくるでしょう。

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朝日教育会議2021(2021年10月9日開催)におけるパネルディスカッション(テーマ:AIは地球を救うか)にパネリストとして出席した際のスクリーンショット。
この道に進んだ経緯 わからなかったことが理解できたときの面白さ

 コンピュータが世の中に浸透し始めたのは比較的最近のことです。私も大学生になるまでまともに触ったことはありませんでした。大学進学時は漠然と、これからはコンピュータの時代かなと思い、工学系を志しましたが、当時は電気電子工学や機械工学が中心。コンピュータを専門に扱う情報工学はまだあまり一般的でない中、筑波大学に情報学類という分野(学科)があり、興味を持って進学しました。それでも、学部生時代はまさか研究者になるとは思っておらず、卒業後は民間企業に就職するつもりで、実際に内定ももらっていました。

 現在の研究につながる「組合せの探索」というテーマには、4年生のとき研究室の先生に勧められて取り組み始めました。数学的な考え方も必要でかなり難しく、最初は正直、あまり面白くないと思ったんです。でも、わからなかったことが、ある日突然パズルのピースがハマるように理解できたり、実験をやって想定以上の結果が出たり。そういうことを繰り返すうちに研究の面白さに目覚め、内定を辞退して大学院に進むことにしました。修士課程で一生懸命に研究したら、またいろいろわかることが増えて博士課程へ。結果、研究者の道を歩むことになりました。

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学童野球の指導者として活動していたときの1コマ(今はもう引退(卒団)していますが...)。写真は、これに勝てば上部大会に進出できる大一番の試合で、ピンチの場面にマウンドに集まっている様子です。(このあと試合には勝利しました)背番号30が水野先生。
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趣味の1つであるゴルフのティーショットの1コマ。場所はグアムで、このホールは日本ではあまり見ない海越えのホール。(当時の携帯のカメラの解像度がよくないので粗くて見にくい写真ですが...)
研究に必要なもの 「損得」を考えずに熱中できるかどうか

 どんなテーマの研究も同じですが、実は研究と学力はあまり関係がありません。必要なのは頭の良さではないのです。あるテーマに興味を持ったら、将来それが何の役に立つのかなどと考える前に、これが今の自分のやるべきことだと信じてどっぷり浸れるかどうか。言うならば損得を脇に置いて熱中できるかどうか。それが大事だと思います。

 達成すべき目標を持ち、どうやってそこにたどりつくかを考えるのが研究です。たどりつけないならやっても仕方ないとは考えず、その過程を楽しむこと。結果的にたどりつけなくても、そのプロセスで身につけたものは決して無駄になりません。別の分野でいきることはたくさんあります。

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シンガポールで開催された知的自律システムに関する国際会議(ICoIAS2020)にて、当時の指導学生の発表に対して「Excellent Oral Presentation賞」が授与されたときの写真。左から2番目が水野先生、3番目は発表(受賞)した指導学生。
※この会議は、2020年2月26〜29日に開催。実はこのとき新型コロナが流行しはじめたときで、開催できるかどうかという状況で強行参加したので印象に残っています(もちろん学生さんが受賞したという意味でも印象深いですが)
学生へのメッセージ 勝てるとわかっている試合なんて面白くない

 今は世の中全体が「守り」に入っている感じがしますね。結果が保証されていないと動かない・動けない人が増えているように思います。でも、最初から結果が保証されていることなど世の中にはありません。

 スポーツでも、必ず勝てるとわかっている試合なんて面白くないでしょう。結果は戦ってみないとわからないし、これをやったら必ず勝てる練習法なんていうのもない。それでも練習するのです。その練習を無駄にしないための条件が、先を考えず、今やっていることに集中して懸命に取り組むことなのです。どうぞ、見えない将来を信じる力を持ってください。

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