Teacher’s Eye 研究最前線 Teacher’s Eye 研究最前線

外国語学部

居村 啓子 教授

KEIKO IMURA

PROFILE
ドイツ・ハンブルク生まれ。小学校時代をニューヨークで過ごす。上智大学大学院言語学研究科博士後期課程修了。言語学博士。子どもの英語教育、カリキュラム・教材制作などの現場で長年活動した後、研究の道へ。立教大学助教、上智大学講師を経て、2016年拓殖大学外国語学部に准教授として入職、2023年より現職。「Songs and Chants」(mpi松香フォニックス)、「Welcome to Tokyo Elementary」(東京都教育委員会)、「英語で日本を紹介しよう」(ポプラ社)など著書多数。NHKラジオ「小学生の基礎英語」の講師も務める。専門分野は応用言語学、子供の第二言語習得、フレーゾロジー。

研究テーマ 言葉のチャンク(かたまり)の認識と
分解を通した子どもの英語習得

日本人が英語を話せないのは
単語と文法から始めるのが一因?

自身の経験に裏打ちされた、チャンク学習の効果の研究

 私の専門は応用言語学や早期英語教育ですが、なかでも「チャンク」という概念をテーマにした研究を続けています。チャンクとは、いくつかの単語がまとまってひとつの意味をつくっている「かたまり」のことです。

 研究の原点となったのは、アメリカで過ごした小学生時代の体験です。現地の小学校に通っていた私は、あるとき担任の先生がプリントを配るときの言葉を聞いて、「一枚の紙」にあたる英語を「a piece of paper」というかたまりで覚えました。やがて、そのかたまりが「a piece of」 と「paper」に分解でき、「paper」の部分を別の言葉に入れ替えると別の意味になることに自分自身で気づいたのです。

 後に大学院で応用言語学を学び始めたとき、担当教員にその話をしたところ、言語学習におけるチャンクの習得について書かれた論文を紹介されました。それがあまりにも面白くて、この分野にのめり込んだというわけです。

 伝統的な日本人の英語学習は、単語や文法を覚えて、それらを組み立てていく方法が主流です。しかし、実際の会話では頭の中で考えているうちに発話の機会を失ってしまうことも少なくありません。「日本人が英語を上手く話せない理由のひとつはそこにあるのではないか。」そう考えて、単語や文法より、まず言葉をチャンク(かたまり)で覚え、後にそれを自ら分解できるようになることで発話の自由度が増す、という理論の研究を重ねています。

 博士論文のテーマは、「外国語学習において、子どもがどのようにチャンクを習得していくか」。当時、私が個人で経営していた英語教室の生徒5人を対象に発話を収集し、私自身の経験と同じことが起きるかどうかを調べました。結果として、日本に住み、週1回英語教室に通うだけでも、明示的に教えられることなくチャンクの習得と分解が起きることがわかったのです。ここ数年は、小学校の英語授業において同様のデータを収集・分析しています。人数が多く、生徒が単独で発話する機会が少ないため少々苦戦していますが、それでもチャンクを分解できるようになる傾向は見て取ることができます。

 大人の英語学習でも同様のテーマで研究を始めていますが、大人の場合はチャンク学習が有効な人とそうでない人との個人差があるようで、それもまた興味深いと感じています。

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「かたまりの言葉」formulaic languageの全容を網羅しています。
『Formulaic Language and the Lexicon』(Cambridge University Press) 著者:Alison Wray
研究の面白さ 不可解だからこそ魅力を感じるチャンクの奥深さ

 チャンクというのは実に複雑で不可解なもの。知れば知るほど魅力を感じます。馴染みのない人からは「定型表現のことですね」と言われたりしますが、それほど単純なものではありません。イディオム(慣用句)もチャンクの一種ですが、もっと幅広い概念です。簡単に分解できるチャンクもそうでないものもあるし、ネイティブでも人によってかたまりの認識が異なるなど、心理的な面がある点も非常に面白いです。

 いま、AIの普及とともに発達しているコーパス言語学(実際に使用された言語データを電子化して分析する学問)でも、自然言語には「言葉のかたまり度合い」があると言われており、その度合いが異なる数値で表されるようになっています。チャンクとは、一口に「定型表現」とは言えない、非常に複雑な現象なのです。

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Shawn Loewen教授、Masatoshi Sato 教授、菅清隆氏(現外国語学部助教)とアメリカのAAAL学会にて発表。このときの発表テーマは「SLA第二言語習得」でした。
この道に進んだ理由 英語教育の現場からスタート、大学院で研究の面白さに目覚める

 もともと言語学には興味がありましたが、最初から英語の先生をめざしていたわけではありません。大学の外国語学部を卒業した後は、絵本を作りたいと考え、児童図書出版社で編集の仕事に就きました。その後、出産によるお休みを経て、人から頼まれる形で小中学生向けの英語教室を開いたのがこの道に入ったきっかけです。

 教室運営のかたわら、英語教材開発・出版や英会話教室運営で知られる松香フォニックス研究所(現・株式会社mpi松香フォニックス)を通してさまざまな場所で英語を教える機会に恵まれたほか、カリキュラム開発や教材制作、指導法セミナーやティーチャートレーニングの講師なども経験。10年ほどかけて指導英語関係のことは一通り経験しました。

 そのうち、「次のステップに進むにはもっと専門性を高めなければ」と考えて大学院に進学。当時は修士課程を終えたら現場に戻る予定でしたが、入ってみたら研究のほうが断然面白くなってしまって。人生は何が起きるか分からないものです。

NHKラジオ「小学生の基礎英語」 番組立ち上げから担当、研究テーマをいかしたコンテンツ制作

 この4年ほどは、NHKラジオ「小学生の基礎英語」の講師も務めています。NHKラジオには以前から「基礎英語」という中学生以上を対象とした番組がありますが、小学校英語の必修化を受けて、小学生向けの番組をつくりたいと相談をいただきました。それを機に、立ち上げから関わらせていただいたのが「小学生の基礎英語」(開始当初の名称は「基礎英語ゼロ」)で、一般的には「フレーズ」をあえて「チャンク」を用い、かたまりを習得・分解できるようになることを意識した内容にしています。

 自宅で視聴する小学3~6年がメインリスナーですが、ストリーミングが可能なため、「家族全員で聴いている」「学び直しでおじいちゃんも聴いている」といったフィードバックをいただくのは嬉しく思います。

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『小学生の基礎英語』子どもが英語をチャンクで学べるラジオ番組です。
教えるという仕事について 教員の仕事は学生に「上を向かせる」こと

 私のモットーを敢えて言えば、学生には「こうだ、と教え込まない」。つまり、「強制しない」ということです。人は、目標や展望が明確になってさえいれば、「やれ」と言われなくても自らやるもの。実際、私の関わる学生たちはとても頑張っています。その目標や展望は、外から与えられるのではなく自分で見つけなければなりません。見つからないという人は、自分自身が見えなくなっているのではないでしょうか。

 未知のものに向かうワクワク感は、本来皆が持っているはずです。私の研究テーマであるチャンクも、わからないからこそ面白いのです。教員の仕事は、学生が情熱を注げるものを自ら発見できるよう、「上を向かせる」こと。そして教員自身が上を向いて頑張っている姿を見せることだと思っています。

学生へのメッセージ 感性を磨いて自分の視点の確立を

 現在、世の中は価値観が大きく変わる過渡期にあると思います。そんな混沌とした時代には、正しい情報を得ることも大切ですが、その情報をどのように自身の人生や社会にいかしていくかが、さらに大切です。そのためには自分なりの視点、軸を持つことが欠かせません。知識や情報はネットで検索すればいくらでも入手できますが、しっかりとした視点がなければ、それをどう解釈したらいいかわからず、振り回されて不安になるだけです。

 大学には、受験のため知識を詰め込むのに忙しかった中高生時代とは違う学びがあります。さまざまなことに多角的に触れ、感性を磨いて、より高い次元から物事を捉えられるよう自分の軸を確立してください。その姿勢は卒業してからもきっと役に立ちます。

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