Teacher’s Eye 研究最前線

政経学部

玉井 朗 教授

TAMAI AKIRA

PROFILE
埼玉県出身。高校の体育教師を志し、県立浦和高校から筑波大学体育専門学群に入学。その後、筑波大学大学院体育研究科(コーチ学専攻)修了後、埼玉県立大宮高校教諭となり、サッカー指導に携わる。1986年、拓殖大学政経学部の専任講師(体育)として入職。1992年、同学部助教授となり、同時にサッカー部監督に就任。2008年より現職。スポーツ科学を専門とし、サッカー指導の実践を通じた研究を続ける。主な研究業績に「大学運動部集団の構造と機能・大学運動部員の部活動に対する意識構造について・大学運動部員の生育歴に関する調査研究」、「プロサッカー選手の生活リズム・睡眠習慣の実態」など。1999年以来、公益社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)のマッチコミッショナーを務める。

研究テーマ サッカー選手のパフォーマンス向上に
役立つトレーニングの探求

スポーツを追求することで
自然と周囲をリスペクトする態度が養われる

多様なトレーニング方法も検証が必要

 私は大学で健康教育学を学び、大学院ではコーチ学を修めました。コーチ学とは、さまざまなスポーツの指導において、いつ(年齢)、どのくらいの頻度で、どのくらいの強度の練習をすべきか、といったことを研究する学問です。大学院修了後は高校の体育教師となり、1986年からは拓殖大学で体育の理論と実技を教えながらサッカー部の指導をしてきました。その経験を通して研究してきたことは、「多様なトレーニング方法がある中で、サッカー選手のピッチ上でのパフォーマンスを真に向上させるのはどんなものか」ということです。

 例えば、バーベルを使った筋力トレーニングがありますが、大きな負荷をかけてやみくもに筋肉を太くしても、パフォーマンス向上には役立ちません。むしろ筋肉が硬化し、身体のキレが悪くなるなどの弊害のほうが大きい、というのが私の経験則からの結論です。そんな乱暴な筋トレよりは、サッカー技術・戦術向上のための練習メニューを充実させるべきでしょう。

 今でこそ、この考え方は広く採用されていますが、昔は選手がクタクタになるまで腕立てや懸垂をやらせて満足するようなコーチもいました。しかし、そんな無茶なトレーニングは練習の意欲自体も失わせてしまうだけでなく、大学スポーツにおいてはなにより学生の本分である勉強との両立にも支障をきたしてしまいます。

ただ、指導者として感覚的に「このトレーニングは効果がある/ない」とわかっても、それを数字で実証するのは容易ではありません。拓殖大学サッカー部でも筋トレマシンの種類を変えて選手の筋力データを収集したことがありましたが、ピッチ上のパフォーマンスと筋力データとの相関実証は成功しませんでした。試合でのパフォーマンスは、相手チームの相対的な強さに加えて、天候や気温、風、ピッチの状態など、再現性の低い要因に大きく左右されてしまうためです。

 一方、テクノロジーの発達により、近年は選手の背中にGPSを装着して試合中の運動量や疲労度などを正確に記録できるようになりました。選手一人ひとりの走行距離やスプリント回数などのデータが出てくるのです。サッカー部員にも年に一回程度、練習試合でこのGPSによる計測を行っています。また、これとは別に毎試合、シュートを蹴った位置やボール保持率などのデータを収集しています。

 ただし、こうした数字をどう解釈するかは指導者次第。たとえば、選手の運動量はただ多ければいいというものではなく、無駄に走っている場合もあり得ます。数字だけを鵜呑みにせず、指導者としての目を養い、他のいろいろな要因とあわせて総合的に分析しなければなりません。実際のところ、長年指導をしていると、選手の動きを目で見てわかることと数字に表れることとの間に、あまり大きな差はないというのが実感です。

 常に新しい技術や新しいトレーニング方法が生まれ、時代による流行り廃りもあるなかで、何が本当にパフォーマンス向上に役立っているか、感覚もデータもうまく使いながら検証していく必要があるでしょう。

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拓殖大学に来て2年、「日本サッカーの父」と呼ばれたデットマール・クラマー氏とドイツで。
今後の研究計画 多角的な視点によるスポーツ分析

 実は、トレーニング以外の時間をどうマネジメントするかも、選手のパフォーマンス向上に大きく関係しています。私は以前、指導している大学生選手を対象に、競技レベルによって食習慣や食意識、睡眠などの生活習慣の管理(生活管理能力)に差異が見られるかどうか調べたことがあります。具体的には、朝・夕食の規則性・充実度(主食、主菜、副菜が揃っている)、睡眠時間など7項目について質問紙調査し点数化してみたところ、競技力の高いチームのほうが総じて生活管理能力が高いことがわかりました。つまり、食意識を高める啓発活動や基本的な食習慣・生活習慣の改善が競技力向上につながる可能性が示唆されたのです。

 このように多角的視点からスポーツを分析することも大切です。特に海外では、アスリートのライフスタイル全般をいかに合理的にマネジメントするかが重視されるようになっています。そうした海外における研究や私の実体験に基づき、今後は日本のアマチュア選手およびトップアスリートのライフスタイル・マネジメントやコンディショニング・マネジメント手法の開発に取り組みたいです。また、栄養摂取・食事方法への介入効果を検証したり、睡眠の質がアスリートの心身に及ぼす影響を分析したりする際の客観的尺度を作成し、信頼性と妥当性を検討する研究を進めたいと考えています。

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日本サッカー協会100周年を迎えるにあたり表彰されました。
サッカー本場、欧州での学び 勝敗よりも楽しむこと、という本質を確認

 かなり前の話になりますが、12歳以下の子どもを対象としたサッカー指導法を学ぶため、東京都サッカー協会から派遣されてオランダに研修に行ったことがあります。そこで教わったことのひとつが、「フットボールの本質はenjoyment(楽しみ)である」ということ(欧州ではサッカーをフットボールという)。これはとても印象深い記憶です。目的は勝ち負けではなく楽しむことにあり、楽しいからプレーする。楽しければ選手は自分でどんどん練習するようになるというのです。そのとき指導者としての私の基本的な考え方が改めて整理されたことを覚えています。

 また、オランダサッカー協会からはボールの位置によって4局面に整理してゲームを分析する手法などを学び、戦略・戦術的視点からの競技力向上に役立てることができました。

この道に入った理由 熱血体育教師に憧れ、高校サッカーの指導者に

 私は小学生のときにサッカーを始め、その後もずっと競技を続けてきて、将来は高校の体育教師になること以外考えていませんでした。熱血体育教師をテーマにしたテレビドラマの影響もあったかもしれませんが、いちばんの理由はサッカー部の指導をしたかったからです。当時はまだクラブチームというものがなく、スポーツ競技といえば学校の部活動として行うものでした。その部活動の指導者になることが、すなわち体育教師になることだったのです。

 私が埼玉県立大宮高校の教員に採用された1980年は、Jリーグが誕生する10年以上も前のことです。その頃は社会人のリーグや大学サッカーよりも高校サッカーのほうが人気で、正月にテレビ中継される全国高校サッカー選手権大会に、ぜひとも生徒たちを出場させたいと思って指導にあたっていました。

 その後、拓大からお話しをいただいて専任講師として入職。6年後にサッカー部監督に就任し、教職とともにサッカー指導に注力して現在に至ります。

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大学4年次にキャプテンを務めました。関東大学サッカーリーグ(1部)では準優勝を果たし、ベスト11として表彰されました。(背番号2番)
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左:全日本大学選抜の際、当時チームメイトだった田嶋 幸三氏(日本サッカー協会前会長)とマレーシアで撮影した1枚。
右:大学3年次、全国大学選手権(インカレ)で3位という成績を収めました。
サッカー指導を通じた人材育成 哲学を大切にし、周囲へのリスペクトを自然に学ぶ

 私が監督に就任した1992年当時、拓大サッカー部は東京都大学リーグ1部の所属でした。2004年にやっと上位リーグである関東大学リーグ2部に昇格。2009年ついに1部昇格を果たしました。以来、1部と2部を行き来しており、今シーズンは2部リーグで戦っています。原則として希望者全員が入部できるので、部員数は現在325名に上ります。

 卒業生にはプロサッカー選手もいますが、そういう選手を輩出するチームをつくりたいわけではありません。大学スポーツでは、どんな手を使ってでも試合に勝つことより、まず楽しむことが優先。それがサッカーの本質だからです。なので、このスポーツが誕生した歴史的背景や、たとえばスローインの投げ方にはなぜあのような制約があるのかなど、ルールの背後にある哲学を教えることも大切にしています。

 サッカーは、ルールを遵守し、仲間も相手の選手も審判も尊重することで初めて成立する競技。サッカーに限らず、周囲へのリスペクトなしに成り立たないのがスポーツというものです。リスペクトがあれば挨拶の大切さなども自然とわかるのであり、結果としてそれが社会人を育てることにつながると考えています。

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学生へのメッセージ 人間のコミュニケーションの基本は、やはり対面

 拓大で長年教鞭をとってきて、キャンパスの雰囲気はずいぶん変化したと感じます。私が来た38年前、拓大は少々バンカラなところがあって、まだ学ランに下駄履き姿の、少々自己中心的な思考の学生もちらほらいました。でも今の学生はみな、きちんと周囲のことを考えて行動していると思います。

 しかし、デジタル技術の発展とともに、直接的なコミュニケーションが不足している面もあるのではないでしょうか。私は大勢の人が物理的に集まらないとできないスポーツを長年やってきたからかもしれませんが、人間同士のコミュニケーションの基本は、やはり対面だと思うのです。今は画面を相手にひとりで楽しめるコンテンツも多いですが、みんなで一緒に何かに取り組む楽しさもぜひ体験してほしい。これはスポーツに限りません。部活やサークルに積極的に参加し、さらにはアルバイトの機会も活用して、勉学と三本柱の立体的な学生生活を送ってください。その経験は社会に出てからもきっと役立つでしょう。

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八王子国際キャンパスで練習後、部を支えてくれるマネージャーと。

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